序論
ウェイトトレーニングをやり始めると、多くの人にとってのゴールはマックス重量をやって、どれくらい挙げられるか確かめることに思えます。
そのやり方は人によっては長く続き、トレーニング手法として進化していった例もあります。(ウェストサイドはマックスでトレーニングすることに重きを置いています。)
もちろん、ほとんどの人はどこかのタイミングで、実際に長期的に強くなるためにはマックス重量を挙げるのではなくて鍛えることが最適だと理解し始めます。
新たに得た筋力を見せびらかすのと、強くなるプロセスの2つが全くの別物であることは大体の人が理解します。
しかしながら、長期的な成長を求めていて、いつも筋力をテストしたがる訳ではない熟練のリフターであっても、筋力を見せびらかすことが重要な時はあります。
実際に、パワーリフティング競技の目的はそうです。可能な限り鍛え上げて筋力を見せびらかすことです。
そのため、本記事では「どうすれば実際のパワーリフティング競技に最適な準備をできるか」という疑問に答えます。
どうすれば筋力を向上させるトレーニングから筋力を見せびらかすトレーニングに移行できるでしょう?
ピーキングを行う理由
筋力を見せびらかすのは簡単ではないですか?いつも通りのトレーニングをしてマックス重量をやるだけでじゃないですか?
試合の日に最大限パフォーマンスを発揮することがゴールの場合、上記よりもう少し物事は複雑になります。
実際に、パフォーマンスを最大化するためには、後述する2つの明確な理由から、試合前の数週間はトレーニングの内容を変えなければなりません。
疲労によりフィットネスが低下する
トレーニングすると、筋肉は大きくなり、アライメントが変化し、神経系もより強い力を発揮するために筋肉を活用できるようになります。
その間、上記の適応を生み出すために必要なハードなトレーニングによって、疲労も生み出されます。
筋肉のグリコーゲンは減少し、筋繊維は一時的に弱い種類へ変わり(タイプ2bから2aへ)、マイクロ損傷も起こります。
神経系は継続的に高レベルで働くためイオンのバランスが崩れ、基礎的な能力は拡大しながらも効率性がかなり落ちます。
そのため、身体を動かす部分は強くなっているかもしれませんが、新たに得た筋力を発揮する能力は、そのトレーニングによって生まれた疲労によって隠されています。
1RMのためにピークを迎えるには、疲労をどうにかしなければいけません。筋力を保ちながら疲労を抜く必要があります。
トレーニングと試合には有意な違いがある
筋力トレーニングの基礎を理解していれば、高ボリュームで高重量を扱うのが強くなるのに最適だとわかります。
超高重量(基本的に1RMの90%以上)は必要以上に多くの疲労を生み出し、継続できないため、ほとんどの人にとって3〜5レップを数セット行うのが筋力向上にベストだと思えます。
扱う重量は依然としてかなり重くてもいいですが、疲労が溜まってパフォーマンスを抑えるレベルで重くはしない方がいいです。
そのため、3〜5レップを数セットやれば、高重量で高ボリュームを実施できるため、筋力向上に必要な刺激がしっかり入ります。
このトレーニングスタイルだと筋力は向上されますが、実際に筋力を発揮するためのトレーニングとは違います。
筋力は5レップではなく1レップによって示されます。これら2つのレップ数間のテクニックや筋力、神経系活動には有意な差があります。
したがって、筋力向上のためのトレーニングは3〜5レップを数セット行うのが適切ですが、1RMに筋力をピークさせる際にはもっと具体的なアプローチが必要です。
試合前の準備期間で1〜3レップのセットでトレーニングするのがその答えの一部かもしれません。
次の疑問は、「どのようにこれらの問題を解決し、試合当日に最大のパフォーマンスを発揮できるか」です。
フィットネス-疲労のパラダイム(可視化)
ピーキングのプロセス
話の始めとして、まずはスポーツ科学の用語を解説します。
トレーニングの要素を操って高レベルなパフォーマンスを発揮しようと試みることを、スポーツ科学では「ピーキング(peaking)」と呼びます。
ピーキング能力の基礎的な要素が「準備度(preparedness)」で、身体が最大限の力を発揮する能力を意味します。
準備度は、「フィットネス(fitness)」(身体を動作させる能力がどれくらい発達しているか、現在のトピックだと筋力)と、「疲労(fatigue)」(エネルギー源の消耗やフィットネス発揮を低下させる筋肉、ホルモン、神経へのダメージ)の2つに分解できます。
一方で「特異性」は、1RMの挙上のようにある特定のタスクにおいてどれくらい準備できているかを示します。
後で戻ってきたときに確認できるように、以下に簡単な定義を書いておきます。簡単な言葉でパワーリフティングの文脈に合わせています。
- ピーキング:狙ったタイミングで準備度を最大化させるプロセス
- 準備度:フィットネスと疲労の合計値。どのレベルのパフォーマンスが発揮できるかという指標
- フィットネス:最大重量を挙上するためにどれくらい身体と心が発達しているかという指標
- 疲労:どれくらい疲れていて、あるタイミングにおいてどれくらい筋力が低下するかという指標
- テーパリング(tapering):トレーニングボリュームと強度を落とすことで疲労を抜いて最大筋力を発揮するためのプロセス
- 特異性:ただ強いだけではなく1RM挙上がどれくらい上手いかという指標。試合に近くにつれ重要になってくる。特異なトレーニングは試合に最も近いものとなる
パワーリフティングのためのピーキング
上記のピーキングにおける基本的な科学をベースに、効率的にピークしたい場合は3つのことを試合前の数週間に行う必要があると推測できます。
- 最大限疲労を抜く
- フィットネスを最大限に向上もしくは少なくとも維持する
- 特異性を向上しビッグ3のマックス重量に備える
日頃の筋力トレーニングからピーキングにどのように変化するか、上記要素を1つずつ確認していきましょう。
疲労を抜く
非常に多くの研究で、大抵の場合、ボリューム(強度ではなく)が疲労に繋がっていると示されています。
そのため、試合へのピーキングとして疲労を抜くために一番最初に行うことは、ボリュームを落とすことです。
様々な要素によって(リフターの大きさや筋力がほとんど)、試合前の1〜4週間はボリュームを落とさなければいけません。
ボリュームを落とさない限りあまり疲労は抜けないため、ピーキングに置いて一番基礎的な要素になるでしょう。
小さくて筋力が比較的弱く経験の浅い人に比べ、大きくて強く経験がある人ほど(生理的限界に近い人)、ホメオスタシス(構造や機能を安定化させる身体の機能)を乱すため、疲労を抜くために長い時間が必要となります。
このサイズと筋力、経験に関するルールは、個人差だけでなく身体の構造にも当てはまります。
使用部位が少ない種目ほど(ベンチプレス、スクワット、デッドリフトの順)、疲労を抜くためにボリュームを落とす期間は短くて大丈夫です。
そのため、140kgでエリートレベルの人のデッドリフトは試合の4週間前からボリュームを落とすかもしれませんが、90kgでマスタークラスの人のスクワットは試合の2週間前からボリュームを落とせばいいかもしれず、44kgで初心者のベンチプレスは1週間前からでいいかもしれません。
どのようにボリュームを落とすのが最適でしょうか?メインセットの数を減らすことです。詳しくは後ほど例をあげます。
フィットネスを向上して維持する
疲労を抜くことも重要ですが、疲労を抜くことによってフィットネスも落ちる傾向にあることが問題です。
疲労を抜くだけでよければ、試合前に気楽に3週間なにもしなければいいだけですからね!
ラッキーなことに、フィットネスは以下2つの方法によって高レベルを維持、もしくは向上させることができます。
- 強度はボリュームよりもフィットネスを高く保ちます。強くなるためには高強度で高ボリュームが必要ですが、強度が高ければボリュームを落としても筋力は維持されます。
そのため、テーパリングでボリュームを最初に落とし、強度は後に落とします。そうすることで最大筋力は維持されながらも、疲労を抜くことができるのです。
- テーパリング中に意図的なオーバーリーチングをすることでフィットネス(このトピックでは筋力)を向上できます。
ボリュームと強度をテーパリングする前に、通常は維持できないレベルでハードなトレーニングを行うことで、数週間後にトレーニングへの適応が起こる「超回復」を引き起こせます。
したがって、ボリューム低下前に異常なボリュームと強度でトレーニングすることで、フィットネス(筋力)は試合に近いタイミングでピークに達します。
テーパリングによる疲労回復を組み合わせることで、意図的なオーバーリーチングは準備度を向上させる強力な武器になります。
一般的には、ボリューム低下前の週にボリュームを2倍にして行われます。
例えば通常のデッドリフトでは85%で3セット行うとしたら、オーバーリーチングでは同じ強度かそれより高い強度で6セットまで行います。
※オーバーリーチング:身体が回復できる限界を超えたボリューム・強度でトレーニングを行うこと、もしくはその身体の状態。
特異性を向上する
特異性を向上することで準備度をあがります。パワーリフティングの試合に対する準備度という意味です。
試合の場ではオーバーヘッドプレスの記録なんて誰も気にしませんし(無念なことに私が一番得意な種目です)、同様にスクワット5RMも気にしません。(残念です)
意味があるのは、パワーリフティング3種目で1RMを挙げる能力だけです。
したがって、テーパリング中のトレーニングは3つの方法を通してその能力を向上させるようにします。
- まず、テーパリング中のトレーニングの大半はパワーリフティング3種目そのもので構成されるべきです。
最後数週間は全てのセットアップが試合形式のテクニックでなければいけません。試合でワイドスタンスでスクワットする場合は、ナロースタンスをやっている場合ではありません。
「試合の通りにトレーニングする」というルールに則ります。ポーズベンチ、ルール通りの深さでのスクワット、デッドリフトでは完全にリセットすることが重要です。
また、試合同様に、パワーリフティングベルト、リストラップ、ニーラップ、チョークなどを使用するという意味でもあります。
テーパリング中にボリュームを落とし始めた場合は、最初の大半は補助種目から落とし、特異性を向上させます。
テーパリングの後半において、最後のトレーニングはほとんどビッグ3だけで構成され、その他の種目は皆無、もしくは若干ある程度です。
- 基礎的な筋力が1RMのベースにはなりますが、試合が近くなってきたら、そのための練習を始めるべきです。
3〜5RMと真の限界の1RMとの重量では、生理的、精神的、技術的な差が大きくあります。試合当日にベストな状態になるためには、超高重量を低レップで練習しなければいけません。
オーバーリーチとテーパリングの間は、1〜3レップの間で十分な刺激となる重さを設定する必要があります。トリプル、ダブル、シングルのトレーニングの時期です。
テーパリング中にボリュームが大幅に低下し、強度はできる限り高い状態を維持するため(強度は重量という意味)、1〜3レップのセットがテーパリング中の基本となるでしょう。
変化があるのはセット数と重量だけです。
- 特異性において小さな要素ですが重要なものとして、「全力で挙上」をテーパリング中に維持することがあげられます。
メインセット(重くても軽くても)は全て最大限の力でバーを動かすことで、特異性を向上させるだけでなくフィットネスも向上します。
力強い動作はパワーリフティングのテクニック練習になるだけでなく、神経系と速筋線維に刺激を与えることでより筋力を維持してくれます。
実際のピーキングの例
良いことを学べましたので、次は実際の例を見ていきましょう。
週4回、上半身を2回と下半身を2回トレーニングする(単純にするため)パワーリフターのピーキングの例を3つ紹介します。
140kgのエリート選手、90kgのマスタークラス選手、44kgの初心者を例としてあげていきます。
※ポンドからKGの変換の際に2.5kg単位で調整しています。
140kgのエリート選手の例
上記の140kgエリート選手のピーキングから、いくつかのことに気付くと思います。
初期の補助種目を除いて、全てのトレーニングは3レップで行っています。これは決まったルールではなく、2レップや1レップを使用しても問題ありません(特に高強度週の場合)。
ここでは上手くいっていて、トレーニングを一貫させるために3レップだけにしています。
オーバーリーチングが試合よりかなり前、4週間前に用意されています。
オーバーリーチング期のセット数が非常に多く(月曜日はスクワットを計8セット)、全て非常に重いです。ピーキング期間で一番辛い週になるでしょう。
疲労に繋がるため、3週間前の段階でボリュームが急激に落とされます。疲労が溜まっている状態でピーキング中最も重い重量を扱うため、依然として辛い週になります。
しっかりしたテクニックで最大限の力を発揮してレップをこなすようにしましょう。
最後の高重量デッドリフトは2.5週間前にあり、最後の中重量スクワットは2週間前にあり、最後の高重量ベンチプレス は1.5週間前にあります。このレベルのサイズの人には適切な基準です。
疲労を落としながらフィットネスを維持するために、人によったり種目によってこの期間は変わってきます。大体の選手は上記の基準から1週間以内に収まるでしょう。
2週間前の段階でボリュームと強度が低下します。多少重く感じる重量を扱いますが(特にオーバーリーチ状態だと)、セット数は少なくホメオスタシスが乱れることはほとんどないです。
この週に多くの疲労を抜くことができます。ほとんど補助種目がなくなっていることもわかるでしょう。
鍛えなくても数週間は身につけた筋肉は落ちないため(試合形式の種目をやっているだけで)、筋力を失うことはありませんが疲労は大いに抜けます。
最終週の始めには、かなり調子がよくなっているでしょう。
低重量で行うことで(完全に休むのと比較して)、より疲労を落として関節組織を柔軟に保ちながら、テクニックも維持できるため、最終週にも若干のトレーニングはあります。
この週の終わりには完全に身体が回復していて、物をぶち壊して人を傷つける準備ができています... パワーリフテイング大会前にあるべき姿ですね!
90kgのマスタークラス選手の例
最初にあげた140kgの選手の例と比較して、この選手の際に考慮しなければいけない点は以下の通りです。
テーパリングを合計で4週間ではなくて3週間だけにしています。重量が低くボリュームが少なくなるため、小さくて筋力が相対的に弱い選手は大きい選手ほど長いテーパリングを必要としません。
つまり、テーパリング開始前に1週間多く筋力トレーニングをできるということですので、悪いことではないです。
あなたの好きな選手は4週間かけてテーパリングしているかもしれませんが、現在のあなたのレベルにとってそれがベストなやり方だとは限りません。
2週間前や最終週の段階で、140kgの選手に比べて重めの重量を扱っている(特に最終週)ことがわかると思います。
90kgの選手の方がすぐに疲労を抜くことででき、後半にも高重量を使用してフィットネス向上の刺激を与える余裕があることが理由です。
44kgの初心者の例
2番目の90kgの選手と比較して、この選手の際に考慮しなければいけない点は以下の通りです。
テーパリングは2週間だけです。身体が小さく、経験が少なく、筋力も低い選手は疲労を抜いてピークに達するまでの所要時間が短いです。本当に小さくて相対的に弱い場合はほとんどテーパリングが要りません!
テーパリングは個人に合わせて作成されなければなりません。アンドレイ・マラニチェフ(Andrey Malanichev)が4週間前で高重量デッドリフトをやめるからといって、44kgの女性が初試合で同じことをする必要がある訳ではないです!
全てが凝縮されていることがわかると思います。オーバーリーチは2週間前の前半だけで、その週の後半にはボリュームが低下します。
身体が小さくて筋力の弱い選手の場合は回復力がホミオスタシスを乱す(そして疲労を蓄積する)能力と比較して強力であるため、ボリュームを落とすだけでピークに達することができ、最終週でも高重量を扱います。
こういった選手に長い間テーパリングをさせると、トレーニング不足となって弱くなってしまいます。
身体が小さく、筋力が弱く、経験が少ない選手の場合は、一般的な選手にとってのディロードのような形になることが多いです。
最後のトレーニングは強い選手に比べると、そこまで低重量ではありませんが、すぐに回復できるレベルです。
また、試合により近い日に最終トレーニングを行っていることもわかると思います。上記の理由同様に、強く重く経験のある選手に比べて、初心者の場合は長い間トレーニングしないとフィットネスが急速に落ちてしまうためです。
パワーリフティングのためのピーキング:まとめ
本記事での推奨方法を簡単に要約します。
- 選手の筋力や身体のサイズ、経験に基づいて適切なテーパリングの長さを決める
- ピーキング中は1〜3レップでセットを組み、試合形式をプログラムの中心とする
- テーパリングの直前の週にボリュームを2倍にしてオーバーリーチングする
- テーパリングでは最初にセット数を減らしてボリュームを落とし、その後セット数と重量を減らしてボリュームと強度を落とす
- ボリュームを落とす際は、補助種目から先に減らし、その後にメイン種目を減らす
- 最終週の初めは超低重量でトレーニングする方が、完全休養よりも効果的
この記事では、テーパリングでのトレーニングに関することしか解説していません。栄養やサプリメント、生活スタイルも大きな要素になります。
食事量が多かったり少なかったり、サプリメントを摂っていたり摂っていなかったり、生活スタイルによって回復が促進されたりストレスが生まれたりなどという要素により、テーパリングは変化します。
これらの要因は必ず影響してくるため、考慮するようにしてください。
前述した例は、最大-中間-最小レベルでのテーパリングプロセスになります。ほとんどの読者が44kgの女性選手から140kgのエリート選手の間に位置しているでしょう。
プログラムに個人差を考慮することは重要で、適切なテーパリングにも当てはまります
ラッキーなことに、誰もが世の中に存在するテーパリング方法よりも良いカンニングペーパーを持っています。自分自身です!
自分のボリュームや強度、テーパリングの期間や度合いなどへの反応を記録しておくことで、数試合やっている間にテーパリングを調整することができます。
しかしこれだけは覚えておいてください。大きくて強く経験のある選手はしっかりしたテーパリングが必要です。
そのため、自分がそういった選手に成長していく時に、試合前に必ず調節するようにしてください。試合後では遅いからです。
本記事で紹介しているルールを利用して、フォース(文字通りバーベルに対して発揮する)と共にあれ!