序論
疲労を表す用語は統一されていませんが(バーンアウト、オーバートレーニング、オーバーリーチング、神経系疲労など)、筋トレやスポーツのトレーニングに真剣に取り組んでいる人であれば、疲労は重要な要素でトレーニングプログラム内でも考慮しなければいけないと理解しています。
しかしながら、ほとんどの人が疲労は重要だと合意していながらも、疲労の概念が明らかでなかったり、誤解や誤信もあります。
疲労について深掘りし、一部の具体的な点で合意できるかどうか確認してみましょう。
疲労の定義
まず、「疲労」とは何を意味するでしょうか?
スポーツ科学において、疲労は、選手が課されるストレッサーによって最大パフォーマンスが抑制されることを示す用語です。
疲労はトレーニングやそれ以外の要因(人間関係、学業、睡眠不足、栄養不足)からも発生しますが、本記事ではトレーニング誘発疲労のみに絞ります。
簡単に言うと、疲労によって、遠くまで投げられなかったり、スクワットで高重量が上がらなかったり、平均台でいつも通りスムーズに動けなかったり、さらにボーナスとしてクソみたいな気分になったりします。
一般的に、科学的データではトレーニング誘発疲労の主要因はトレーニングプログラムの合計ボリュームであり、強度はそこまで関係していないと示されています。
これはおそらくボリュームが物理的仕事量、そしてそれによるエネルギー消費量や身体へのダメージを表しているためだと思われます。
つまりトレーニングボリューム(と影響度の小さい強度)が疲労の決定的要因なのであれば、直接的要因は何なのでしょうか?
言い換えると、疲労が蓄積する時は体内で実際に何が起こっているのでしょうか?
トレーニング誘発疲労は3つの直接的要因があります。基質欠乏、神経内分泌の変化、そして微小損傷です。
それぞれが疲労を蓄積させるため、疲労減少が目的なのであれば当然それぞれ対処しなければいけません。
疲労のメカニズム
疲労と燃料
ハードなトレーニングを行う際には、そのために燃料(基質)を使用します。
高重量スクワットを実施した場合、スクワット直後のATPの量は開始時より少なくなっており、それが次のレップが難しくなる主な理由です。
数秒間休憩することで一般的には一時的なATPが補給されます。
数レップ行うセットではクレアチンリン酸量が減少し、これも急性疲労に繋がります。クレアチンリン酸量が平常時に戻るために、数分はかかります。
最後に、数レップ数セット行うと、ATPとクレアチンリン酸を回復させるエネルギーを生み出すためにグリコーゲンが使われます。
グリコーゲンは数分では補給されず、高ボリュームのトレーニング後にグリコーゲンを完全に補給するためには数日間炭水化物を摂取しなければいけません。
興味深いことに、トレーニングから良い適応を得られる程ハードにトレーニングしていると(十分なボリューム、強度、頻度)、特に低炭水化物食や減量食の場合、毎週グリコーゲンが完全に補給される可能性は低いです。
多くの場合、毎週ハードなトレーニングを続けると、グリコーゲンはどんどん減っていきます。
グリコーゲンの減少とパフォーマンスの低下の相関関係は過去に何度も示されています。さらに筋肥大の減少もです。良くないですね!
疲労と神経系
神経内分泌の変化とは、長期間ハードなトレーニングを行うことによる体内の神経系やホルモン系の変化を表します。
数週間ハードなトレーニングを続けると、テストステロンの生成が低下する傾向にあり、一方でコルチゾールの生成は向上します。
交感神経作用(闘争・逃走反応)が優勢になり始め、副交感神経作用(回復や再生)は弱まっていきます。
神経系は作用が上手くシンクロしなくなり始め、細胞シグナル伝達経路(神経系でもホルモン系でもないですが重要です)は、カタボリズムを促進しアナボリズムを抑えるように作用し始めます。
この他にも疲労に繋がると思われる様々なホルモンやシグナル伝達分子の変化が記録されたり仮定されたりしています。
疲労と微小損傷
最後に、疲労の要因3つ目はトレーニング中に発生する微小損傷です。
特に高重量高ボリュームのセッションといったハードなトレーニングでは、文字通り筋肉や結合組織(腱など)が小さく切り裂かれます。
短期的には取るに足らないものですが、治るのにしばらく時間がかかります。
しかしながら、継続的にトレーニングすると、これらの傷が再び裂かれ大きくなります。
これが大きくなりすぎると筋肉を痛めたり肉離れしたりしてしまいます。 そのため、微小損傷の蓄積は何もせず放置していいものではありません。
グリコーゲンの補給同様に、ほとんどの微小断裂は1週間内に治ります。
しかしながら、治らなかった断裂は毎週ハードなトレーニングをする度に大きくなっていきます。
トレーニングによる急性疲労は良いものですが(ハードにトレーニングした証拠です)、問題になるのは累積疲労です。
正しく定義すると、累積疲労とは数週間のハードなトレーニングによって蓄積された疲労のことです。
補充仕切れなかったグリコーゲンや乱されたホルモン、全ての微小断裂を指します。
急性疲労については詳しく語りませんが、3つの明確な理由から累積疲労は理解しておいた方が良いでしょう。
累積疲労の何がダメなのか?
累積疲労は3つの側面からトレーニングを妨害します。
第1の側面
初めに、出力とテクニックにおいて最大限のパフォーマンスが発揮できなくなります。
累積疲労によりテクニックが低下し、パワーも低下し、弱くなります。述べた順番通りに傾向が現れるでしょう。
2つの理由から、これは良くないです。
1つ目に、テクニックが悪化するとテクニック練習の質が落ち、重要な動作を誤って習得してしまうだけでなく、怪我のリスクも高めてしまいます。
後半部分に関しては、高重量のスクワットやデッドリフト中にテクニックが崩れると特にあり得ます。
2つ目に、疲労により弱くなるため、トレーニングで大きな刺激を生み出せなくなります。
筋力のためにトレーニングしているのであれば高重量を上げられるべきで、疲労によって力が落ちているのであれば、最大限成長するために必要な過負荷を生み出せないです。
第2の側面
疲労がトレーニングを妨害する2つ目の理由は、ホルモンや細胞適応経路への直接的な影響にあります。
疲労度が高まると、コルチゾールというカタボリックホルモンも増えていきます。
テストステロンの減少に加えて、疲労によってコルチゾールが増えることで文字通り身体の成長や回復を妨害します。
さらに、疲労度が高まると細胞シグナル伝達経路はカタボリック(AMPkなど)に傾き、アナボリック(mTORなど)は弱くなります。
つまり、疲労状態でも何とかやり切れるかもしれませんが(累積疲労による最初の問題点です)、頑張っても適応経路がいつも通り反応せず、努力の一部が無駄になってしまいます。
第3の側面
最後に、何週間何ヶ月とハードなトレーニングを続けることで微小断裂が増えてサイズが大きくなるため、累積疲労により微小断裂が怪我に繋がるリスクが高くなります。
3週間毎にディロードしなければ、ベンチプレス中に大胸筋と大腿四頭筋が同時に骨から吹っ飛ぶなんて嘘は吹き込みません。
疲労起因の怪我は数週間以上のハードなトレーニングにより可能性が出始めますが、ほぼ確実なのは、微小断裂を回復させる機会を与えずに何ヶ月もハードなトレーニングを続けると、怪我のリスクを高めるでしょう。
疲労の管理方法
これでトレーニング誘発累積疲労が悪者で、おそらく脱税しているようなやつだということが分かりました。
問題は、どうやって疲労を無くすかです。
まず初めに、本記事では疲労を抑える方法に関して、トレーニング関連のあり方しか見ません。それ以外のこと(栄養、サプリメント、生活スタイル)はそれぞれの解説記事が必要だと思うので。
2つ目に、「疲労減少」よりも「疲労管理」という単語を使った方が良いでしょう。なぜでしょうか?
累積疲労は悪いと同時に、ハードなトレーニングを行うと100%逃れられないものでもあります。
その他のトレーニング原理よりも疲労管理を優先することもできますが、それを重視し過ぎると、重要なトレーニング原理を妨害してトレーニングを大きく妨げてしまいます。
最も重要なのは過負荷の原理で、簡単に言うと、もっと成長したいのであればトレーニングは厳しいものでなければならない、ということです。
何をしてでも疲労を抑えようとすると、プログラムの過負荷を減少させるリスクが非常に高まり、伸び幅も小さくなります。
それは避けたいため、疲労蓄積と減少のバランスを見つける必要があり、このバランスが「疲労管理」なのです。
疲労を減少させる4つの方法
何日間、何週間、何ヶ月ものトレーニングによって疲労が高まるのに対して、疲労度を適度なレベルまで低下させるトレーニング方法が4つあります。
1つ目の方法
1つ目は、特に種目選択において、週の内もしくは週毎にバリエーションの原理を利用することです。
一部の微小損傷や細胞シグナル伝達経路、神経系変化は運動単位に特異であるため、種目を毎週もしくは週の半分で変えると、ある運動単位が休んでいる間に他の運動単位に過負荷をかけられます。
ハイバースクワットで動員される運動単位の一部はフロントスクワット中はそこまで動員されません。
週の後半でハイバースクワットを繰り返すのではなくてフロントスクワットをやれば、次週のスクワットまでに運動単位のいくらかは疲労を減少できます。
ルイ・シモンズがここ数年でディロードを主張しなくなったのは、種目のバリエーションが豊富になったからだと考えています。
しかしながら、トレーニングとそれに対する適応は目的に合ったままにしたいので、バリエーションも注意しなければいけません。
ある週に胸をたくさん鍛え、次週は肩と上腕三頭筋だけ鍛えたとしたら、それは行き過ぎていて、胸の疲労はかなり抑えられますがそこまで成長しないでしょう。
そのため、種目のバリエーションは保ちながらも、その数は抑え、そのトレーニング期間中に強化したい動作や筋肉に集中しましょう。
2つ目の方法
疲労管理の2つ目の方法は、「軽い日」と呼ばれるものを利用します。
ハードなトレーニング週の半分か2/3過ぎた後、サイクル前半程度の低重量のみを扱い、レップ数も同様かそれを下回るくらいでトレーニングします。(重い日よりも軽い日の方が仕事量が増えてはいけません!)
一定の状況下では、トレーニングしないよりも軽いトレーニングをした方が疲労が素早く落ちることがわかっているので、軽い日はそれにぴったりです。
それどころか、軽い日を実施すれば週前半の成長を保ちながら疲労を落とせるため、完全に休んでやり直す必要がなくなり、さらに効果的なのです。
3つ目の方法
疲労管理の3つ目の方法は、「ディロード」を大体1週間ほど取ります。おそらく疲労管理の方法として最も知られているでしょう。
ディロード週中、疲労を大幅に減少させるために、トレーニングボリュームは通常週の半分かそれ以上まで落とさなければいけません。
有名な疲労研究家のアンディ・フライ博士の言葉を借りると、「ブレーキを踏む時は、強く踏め」です。
ボリュームを少し落としただけでほとんど通常通りトレーニングすると、疲労も落ちなければ、成長するための過負荷もかけられません!悪いとこ取りですね!
実は強度に関して言えば、通常と同じくらいで問題ありません。
ボリュームが抑えられていれば疲労にそこまで影響せず、またトレーニングで得た適応を保持できるからです。
しかしながら、完全に回復するためには(特に微小断裂から)、強度も何処かのタイミングで落とさなければならず、ディロード週の後半で強度を50%落とすのが良い目安でしょう。
4つ目の方法
疲労管理の最後の、そして最も長期的な方法は、「アクティブレスト」です。
多くの場合2週間前後、ボリュームと強度を50%落とす疲労管理方法になります。
この方法は1年に1回ほど実施するべきで、試合に向けた何ヶ月ものサイクルやコンテスト準備、試合シーズンで蓄積した疲労をほとんど完全に無くせます。
上記ガイドラインは目安となりますが、個人差は必ず考慮しなければいけません。
多くの人はそこまで早く疲労を蓄積しないため、軽い日は一切使用せずにトレーニングできます。
一般的なトレーニーは4〜6週間毎にディロードをするべきですが、それよりも長期間トレーニングできる人もいれば、4週経たずに身体が壊れる人もいます。
身体の状態を把握して様々な方法を試し、自分に合うものを見つけましょう。
ありがちな間違い
疲労についての記事は、ありがちな間違いを簡潔に論破しない限り終わりません。
間違い1:俺にディロードは必要ない
論破:ディロードが必要ないのであれば、十分にハードなトレーニングができていません。
高重量スクワットを週2回10セット5レップやってみた後に、ディロードの効果がないと教えてきてください。
(本記事の著者は、病院の受診やジム関連の足切断に関する責任を負いません。)
間違い2:ボリュームは多いまま、重量を落とす
論破:ボリュームが疲労の主要因であり、強度(重量)はディロード中にトレーニング適応を維持するため、重量を落としてボリュームを上げるのはやるべきことの真逆です。
このようにディロードするとさらに疲労が蓄積され、トレーニング適応いくらか失われるでしょう。やばい!
間違い3:中枢神経系が疲れ切っちゃった
論破:中枢神経系は、特に高ボリュームで超高強度を扱うときに生まれる疲労の要因と示されていますが、それだけが要因ではなく、疲労の主要因でもありません。
末梢神経系や細胞内起因の疲労ではないとどう分かったのでしょうか?
単純に「疲れた」とだけ言うようにして、偽ロシア脳筋科学をわざわざ引っ張ってこないでください。
疲労解説:まとめ
本記事の執筆は非常に楽しかったですし(はい、これが私にとっての楽しみなので、否定する人は地獄に行ってください)、読者の方が役立つ情報を得られると期待しています。
疲労管理は重要で、トレーニングプログラムの設計や運用時に気にしなければいけませんが、その他全てのこと同様、パーソナライゼーションや個人の反応を観察するのも重要です。